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Photo: 「無敵の心身」
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声が掛けられない
「覚えていらっしゃいますでしょうか。時々そっと見守っておりました」

そう書き込みをしようとして果たせず、回れ右をする事が何と多くなった事か。
たとえ、一人が救われたと言ってくれても、99人が私の為に傷付いた事は重く受け止めねばならぬ。

友は好きな彼に「たとえ99人が貴方を否定してもたった一人が味方をしてくれたらそれでいいと思うのです。だから私は貴方の味方です」と言ったそうだが、私はそうではないという想いがあるらしい。
友の言う事もわかる。
そして、誰も傷付けない事は無いのもわかる。
だがしかし──

私は矢張り恐れているのだろうな。

心配するその人に何か声をかけたいと思って声をかけたくてもかけることが出来ない。
もし、その人が私が書き込んだ為に傷付いたら?
もし、その人が私が書き込んだ為に取り返しのつかぬ事になってしまったら?

そんな事を考えた寒い昼下がりだった。
頭を冷やしてこよう。
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彼女に見せたい言葉たち
黙光蓮華 過去日記からの抄録

きっと泣く事だろう。間違い無い。

Tianさん100エントリー達成おめでとう。
ぼんやりとした不安再び
以前「ぼんやりとした不安」というエントリを書いた事があります。
その記事にコメントを下さった方に私はこう言いました。

「違いという物は何時でも誰かを傷付けます。
それはもう仕方の無い事です。
ですが、それで全ての人が同じ反応を示すわけではないですよね。
ある人は非難をして去っていきますが、またある人はそれでも一緒にいたいと言ってくれるのです。
(中略)
例えば、あなたがコメントして下さった事が私を傷付けていたとしても、それでもあなたのその気持ちが私はきっと嬉しいと思うでしょうから、それと同じで、気持ちが感じる事ができれば傷付ける言葉だったとしてもそれさえも愛しいと思えるのです。」

今までに頂いたコメントで、私も全く傷付かない事はなかったですよ。
時には傷付く事もあります。ですから、他の方も私からのコメントで傷付く事はないとは言いません。
ただ、相手の事を考えろという前に、自分自身も相手の事を考えているかをもう一度考えて欲しいと思うのです。

それにしても、今「ぼんやりとした不安」のコメントを読み返してみて、ある方が言っていた言葉「考えるよりまず動け」に再び苦笑してしまいました。
考え過ぎて、本当に胃に穴が開いてしまったら、笑えないですよね。

  

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