Photo: 「無敵の心身」
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私の夢はあなたに逢うこと。
忘れるな。
其れが私の夢だ。
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春来気鬱
学校は春休みになりますね。其れともまだ休みにはならないのでしょうか。
私の友人の息子さんもそろそろ春休みに入るそうですよ。
ですが、休みに入る前は友人にとって恐怖の三者懇談があり、臨んできたそうです。
結果はまあまあであったそうですが。

其れよりも彼女には気がかりなことがあったそうです。息子さんのクラスには、彼女の同級生の娘さんもいるらしいのですが、廊下に張り出されていた懇談の時間に、その娘さんの名前が欄外として随分と早い時刻に記されていたらしいのです。
彼女はそれとなく傍にいた息子さんに「この子と話したことあるの?」と聞いたらしいのですが、彼は首を振り「だっていつも保健室にいるから」と言ったそうです。
彼女は少なからずショックを受けてしまったようです。
実は彼女はそれより暫く前に同級生とその娘さんが買い物をしているところに出会ったのですが、大きくなった娘さんを見てまさかそんなことになっているとは思いもしなかったそうなのです。
何故、友達の娘さんが学校では保健室にいるのか、その理由は彼女には分らないという事です。もしかしたら身体が弱いのかもしれませんし、或いは苛めなどが原因で不登校になってしまったせいでなのかもしれません。
そういえば、彼女の息子さんと小学生の時からとても仲良くしていた男の子がいたのですが、その子も中学に上がってから不登校になってしまい学校に来なくなってしまったと言っていました。
其れに、彼女の息子さん自身もまた苛めに遭っていた時期があったそうですし。

昔も確かに学校に出てこない子供はいたわけですが、今のように何人もそういう子供がいたわけではありませんよね。
他の学校ではどうだったのかは私には分りませんが、私の通った学校に限り、学年に一人か、或いは学校に一人というものだったように覚えています。
私も学校が其れほど好きというわけではなかったのですが、友達に会いたいが為、友達と遊びたいが為に学校には毎日通っていたわけです。
今の子供達は学校が楽しい場所であるという気持ちはないのかもしれません。友達関係もどうも希薄なような気がしますし。

彼女の息子さんもですが、彼女の友達の娘さんももう直ぐで高校に行く事でしょう。子供達自身も大変でしょうが、その親御さん達も大変です。頑張って欲しいなと思いました。
人を愛する気持ち
「愛しているって言葉がよくわからない」と、私の友人はよく言います。そんな彼女には夫がいて子供もいるわけですが、どうしても「愛している」ということが理解できないと言うのです。

彼女は幼い頃に強姦されそうになり、それで男性恐怖症になりました。自分でも将来は結婚などすることなく一生を終えるのだろうと思っていたそうですが、結局は夫を持つ身となったわけです。
人は、それだけ傷付いたわけではないんだと言うかもしれません。確かにそれもあるでしょう。実際に最後まで行ったわけではなく未遂で終わったわけですし、傷物になったわけではないのですからね。
ですが、幼い子供の心にその記憶は残り、何らかの影響は彼女に残されたわけであります。その影響についてはプライベートな事なので此処では語りませんが、未遂ではなかったからとか未遂だったからとか、そういうことで分け隔てはして欲しくないと思います。

ただ、一つ言えるとしたら、彼女が「愛している」という気持ち、その意味が理解出来ないというのがその影響の一つであるとも言えるということです。根拠があるわけではないのですが、私はそんなふうに思いました。私の知り合いのある女性は、子供の頃から親に虐待を受け、深く心に傷を持ち続けていたのですが、それでも年頃になり人並みに男性とお付き合いをするようになりました。ですが、その彼女も「愛する気持ちがわからない」と言っていました。相手の男性と一緒にいることは安心もするし傍にいることは好きではあるのですが、それでもふっと我に返った時に「私はこの人を愛しているって言えるのだろうか」と思い愕然としたそうです。それは私の友人も同じような事を言っていました。
私の友人は、虐待を受けていたわけではないのですが、親の厳しさばかりが心に残り、自分は愛されてはいないんだと思い込んでしまったがために、親の愛情を感じることができなかった幼少時代だったのです。

誰かに愛されたという記憶がない者は、矢張り自分も誰かを愛すると言う事は出来ないのかもしれません。

私の友人は、今でも夫を愛しているという実感が持てません。同じように自分の子供に対しても愛しているという気持ちが持てずにいます。彼女は何時も言います。「愛していると誰かに言える人が羨ましい。私には愛するっていう気持ちはどういうものかがわからない。こんな私を妻や親に持つ家族に申し訳ない」と。

どうすれば彼女に「人を愛する気持ち」を分らせる事が出来るのでしょうか。私にも分りません。貴方に其れが分りますか? 貴方に彼女を納得させるだけの事が言えますか?
落ち度があったとしたら
ずっと支えていこうと思っていた君だった。
だが、切り捨てられたね。其れも君の落ち度ではなく。
事情を説明されても君には切り捨てられない為の画策は出来なかった。
支えていこうとしていた人の為に、其の人を切り捨てる事が出来なかった。
其れを日記にも書けずに君は私に託したんだね。
私にしか書けない事だから、と。

過ぎる日に似たような事があったね。
君が大切な人を切り捨てたあの日のように。
今度は君が同じような事で大切な人から切り捨てられた。
自分の落ち度ではないのに。

だが、全く落ち度が無かったわけじゃない。
君が其の人に声をかけさえしなければこんな事にはならなかったんだ。
君が其の人に声をかけてしまったが為に、今回の出来事は起きてしまったのだから、君が其の人に声をかけた事こそが君の落ち度なんだよ。

私も其れは言える事だ。
私達はもう声をかけるべきではないのだ。
誰かを支える事など、土台無理だったのだ。
そうだね。
其の通りだね。
もう誰にも声はかけないでおこう。

もう誰にも。
約束
約束を守る貴方のおかげで、果たされなかった約束に呪縛され続けた私が救われる。私もそろそろ果たされなかった約束を忘れなくてはならないな。

有難う。心から礼を言う。有難う。

  

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