Photo: 「無敵の心身」
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其れが決して放さぬということ
「南無の日記 くだらないことだが・・。」を読みました。

南無玄之介さんは「よく人間関係の上で傷つくのが嫌だから距離を置くんだという人が居ますがそれは妄念であふれた狭量人だと思います。」と言っておられます。
私も、そして私の大切な友人も今では他人とは少々距離を置いて居る訳でありますが、私達は一応「他人を傷付けたくないから」という理由で距離を置いて居るのですね。ですが、其れも結局の所、他人を傷付ければ自分自身も傷付くからという事なのです。という事は、私達も「傷付くのが嫌だから距離を置いて居る」とも言えますよね。

私の記事をずっと最初から読んで下さっている方なら、此処でも私は付き合いの始まった方を傷付けた事があった事も覚えておられるでしょう。(関連記事:「私の言葉で傷付いた人へ」
私は距離を置いて付き合う事が出来ない人間でした。興味を抱いた人に対しては過剰なくらいにコメントを残してしまう所があり、その方のブログにもよく書き込みをしたものでした。
その書き込みが果たして相手の方が望んでいたのかどうかも、今では恐らく望んではいなかったのだろうなと推察します。
誰が望んでくれているか、望んではくれていないのかは、私のような思い遣りの無い人間には分かる筈も有りません。

ですから、今では私はもう何処にもコメントは残さないようにしています。私の大切な友人は以前よりは回数は減ってはいますが、それでも多少はコメントを残しているようですが。

記事を書くモチベーションも下がってきています。それも「妄念であふれた狭量人」であるが故なのでしょうね。本当は私のような人間こそ、ブログで自分の考えなど書かない方がいいのかもしれません。他人を気にせず書けば誰かを傷付ける。しかし、他人を気にして書いたからといっても誰も傷付けないという事は無理な話。そういう事から発展する人間関係のトラブルに対して、どうしてもネガティヴに捉えてしまう。その様な人間は何も書かずに黙ってしまえば良いのです。何方かがブログの閉鎖を繰り返すように私もそうなってしまってもおかしくないのですから。
ただ、私は此処で書いた記事に執着をしていますし、今では此処には来て下さらない方々のコメントも消すに忍びないので、此処はずっと此の侭にして置きたいと思っているのです。

私にとって、繋がりたい相手とは直接に繋がるだけが「放さない」という事では無いのです。
此処で交流した人達ともう二度と会話が出来ないとしても、それでも此処に私の記事とその方々のコメントがある限り、ずっと繋がっているという事なのです。もう一度言います。此処を消さない事、それが私にとっての「放さない」という事でもあるのですよ。

だから、私は繋がりたいと思う相手を決して放しはしないのです。
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