Photo: 「無敵の心身」
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
絶妙な距離感
私の大切な友人の一人にも、たった一人に向けた文章を紡いでいる人がいます。ですが、たった一人に向けてといっても、この様なネット上で誰でもが読める状態で書いているので、如何しても「私に書いてくれたのですか?」と思ってしまう人もいるわけです。彼が某掲示板で一人に向けて言葉を紡いでいた時、自分に書いてくれたのだろうと思った誰かが、その書き込みにレスをする形で書き込みをした事がありましたから。この様にたとえたった一人に向けて書いていたとしても、名指しで書かない限りは、誰でもが自分のことだろうかと思ってしまうわけです。それを紛らわしいと思う方もいるのでしょうね。ですが、私はむしろ素敵な事だと思っているのです。

たとえば、私が誰の事か知らせずに誰かに向けて言葉を紡いだとします。たとえ、言葉を送った相手ではない他の誰かが反応して言葉を返してくれたとしても、私は喜ぶでしょう。伝えたい相手には伝わらなかったかもしれませんが、それは本当に伝わってないとは限りません。黙っているだけで相手には伝わっているという事もあり得ない事ではないのです。それよりも、私が書いた言葉で誰かが心を動かしてくれ、それについて何か語ってくれたら、その人がエントリを書く原動力になってくれたら、それは思わぬ天からの贈り物となることでしょう。

反応が誰からも無い事を何でもない事と流す事が出来る人が格好が良いとは思うのですが、矢張り私も感情のある人間、反応があると嬉しい。だから、私も誰かの書いた物に反応したいと如何しても思ってしまうのです。反応し、反応され、そうやって繋がる文章だけの繋がりでも、私にとっては良い距離感の繋がりです。絶妙な距離感、まさにそれなんですね。

そんな時「ああ、書いてきて良かった」と私もまた思うのです。
スポンサーサイト
Un Beso Para ti!
あなたはこう言っていた。

「大切なのはその良心を持っていることだと思う。
 良心を持っているかどうかは外からは見えない。
 でも文章には如実に表れる。」

奇しくも、彼女も似たような事を言っていた。
だが、私は全てがそうだとは決め付けられないと思った。
あなたは私が優しいと言った。私がどのような人でも救いたいと思っていると言ったから。
あなたは信じたのか?
私の書くものに表れていると?
あなたは私が言った事を覚えているだろうか。
其の名前はある都市の名前から取ったものだと。

夢の世界で冒険をしているのだねとあなたは言った。
悲しい大人たちに夢を与えてくれとあなたは言った。

夢を諦めてしまった自分への抵抗、まだあなたは続けているのか?
私のこの声はあなたに届く事はあるだろうか?
私は彼等に夢を与えているだろうか?
そうであれば良いのにと思う。
私からも送るよ。
あなたが私に送ってくれたように。

Un Beso Para ti!

あなたに分かるこの言葉で。
通り過ぎて行ったあなたに。
私は此処に居る、と。

  

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。