Photo: 「無敵の心身」
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あの頃、世界は悲しいほど優しかった
子供の頃、鬱蒼と生い茂る木々の間を縫って歩き続けた事があります。何処まで続くのだろうとわくわくしながら歩き続けた事が。一人で歩いた事もあるし、友人と歩いた事もあります。其の友人は当時の私のとても大好きな人で、当然、相手も私を好きでいてくれると思っていました。ですが、其の人は私の事を嫌っていたそうです。後に知った事ですが。どうやら、私を怖がっていて、私の誘いを断りきれなかったようなのですね。そして、私は相手が私の誘いに応じてくれるので、好いてくれているのだろうと勘違いをしていたわけです。


私は君と二人きりで林を歩くのが好きだった。其れなのに君は苦痛と恐怖の時間でしかなかったわけだ。私は如何したって罪人でしかない。そんな昔から、愛しい人を苦しめる存在でしかなかったのだ。


私という存在を愛しいと思ってくれる人がいなかったわけではないのです。ですが、私はとても我が儘な子供でしたので、私を慕ってくれる人には興味が無かったのです。何時でも私は私が好ましく思う相手だけにしか興味が持てなかった。ですから、こんな私でも好いてくれ告白してくれた人もいましたが、相手が私の好きな人でないという其れだけの理由で全ての人を振ってきたものでした。


もし、私という存在がこの世に無かったらどうだったろう。愛しいあの子は平穏な子供時代を送ったのだろうか。私という存在で恐怖を感じずにすんだろうか。親はどうだったろう。今思うと、私程、我が儘な子供はいなかったのではないか。それでも親は私を愛してくれた。今でも不甲斐無い私を愛してくれている。だが、私などいなければもっと心平穏に生きれたのではないか。私は兎角心配をかけ過ぎるから。

ああ、其れなのに。

あの頃、私を囲む世界はとても優しかった。こんな私に世界も人も優しくて、其れが今の私にはひどく悲しく感じられる。人や世界の心の痛みが時空を超えて私の心に訴えかけてきているみたいだ。私という存在で痛みや悲しみを感じていた全ての存在が、私の目の前に其れを突きつけてくるようで。私は茫然と立ち尽くすしかない。


と、いうようなことを、もちもちおねいまんさんの書いた「もちがやります’ - もちのいない人生」を読んで思い出しました。子供の頃の私と今の私は違います。あの頃、私は自分が必要とする相手の事しか興味が無かったのですが、今の私は大切な人達のおかげで、私を必要としてくれる人にも興味を抱くようになりました。誰かが「あなたが必要なんだ」と言ってくれれば、今の私は其の方を心から精一杯愛します。

映画「スタンド・バイ・ミー」の少年たちが、線路を何処までも歩いていくシーンがとても好きです。私も歩いたものでした。真っ直ぐ線路を歩いていけば、きっと望む場所に辿り着けると信じて。子供の私は希望で胸を膨らませて歩き続けたものでした。そして、今でも私は、心の線路を歩き続けています。夢に近づく為に。何時か其処に辿り着く事を夢見て、私は歩き続けているのです。其処には優しさを悲しいと思う事も無いでしょう。きっとそうだと信じています。
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「もう大丈夫」
私が呟いた「もう大丈夫」に、君は「今までとは少し違う何かを感じた」と言ってくれた。昔の話だ。もう何年も前の話。静観していた君は、思わず書き込みをしてくれた。私にも人の心を動かす物が書けるのだなと思った瞬間だった。嬉しかったよ。本当に。

「人一倍淋しがり屋な人ほど、強くなりたいと思う傾向にある」
「本当に強い人というのは、孤独な人という考え方もある」

君はそう言ってくれた。私はそれに何と答えたか…そう、こう答えたんだ。



大丈夫とは言ってますが、そしてそれに偽りは無いと思っていますが、これもまた「絶対」とは言えないのです。次の瞬間また崩れてしまうかもしれない。そういう体験はこれまでに何度もしてきているので、私はやはり自分を信じる事は出来ません。ですが、信じる事は出来ないと言っても悪い意味ではないのです。それは分っていただけるとは思いますが。ですから、私もあなたと同じく、まだまだ強くなったとは言えないのです。恐らく誰も本当の意味での強さなど手に入れる事は出来ないのではないかと私はそう思うに至りました。けれど、それでもいいのではないかなと。強さを手に入れるためのその道程がその人自身を作り上げ、その道程こそがその人自身の「強さ」となるのではと、何だかそんな気がしています。私も、今までの私とは多少変わってきていると、そう思います。



皆が私を大切にしてくれた。其の気持ちを私は絶対に忘れない。何度死にそうな目に遭っても、もう駄目だと思っても、私は繰り返し繰り返し此処に戻ってくる。きっと大丈夫。絶対大丈夫。大丈夫。

もう大丈夫だよ。有難う。感謝の気持ちを如何表せばいいか分からないが、其れでも伝わる事を祈りたい。

  

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