Photo: 「無敵の心身」
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安らぎは此処に
「もう戻れない…」泣きながら呟いた其の人は、変わらぬ世界で変わり果てた姿を晒しながらただ生き続けるだけだった。
永遠に抱き締めてくれる人を求め、彼女は闇に塗り込められた世界を彷徨い続ける。還らぬ愛しい記憶だけを胸に。

何時しか変わらないと思っていた世界は変わり、其の人は戸惑った。

空を見上げれば其処には星々。
「星の人よ」と優しく囁いてくれた人はもう何処にもいない。
欲しかった言葉も空中に霧散して、欠片も何も残っていない。
だが君は気づいた。何時の間にか君の傍に星が降り立っていたことに。

星で出来た兎。

君の傍らにちょこんと佇み、君を見上げている。
そして、君は手に入れた。欲しくて欲しくて仕方なかったものを。変わっていく世界で唯一つ変わらぬ想いを。
まるで流れ星のように、君に目掛けて飛んできた。永久の安らぎを。君は手に入れた。


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あなたをずっと待っている
「アレコレとメモ - S嬢 はてな」を読んで、私がS嬢さんを昔も今も好きであるという気持ちは揺ぎ無いものなのだなと思いました。正直言いますと、最近では彼女の書かれるものを逐一読んでいた訳ではありません。S嬢さんの書かれるもの全てが私の興味の対象であるとは限らなかったからです。ですが、私の興味ある事を書かれる時も時折りあり、其の時はこっそりと読ませて頂いておりました。この度、この様に語らせて貰おうと思い立ったのも、人間関係に置いてとても良い事を書かれていると思ったからでもあります。

私も、相手から投げられた言葉を毒と取ってしまう所があり、其の毒を渡された事で相手を全面的に拒絶してしまう事が多々あるのです。私は愚かな人間ですので、毒に対抗する薬を見出す事が出来ないのですね。勿論、其の毒は本当の意味での毒ではない事がほとんどなのだと思います。相手が其の人であったからこその毒であり、同じ言葉であっても、他の誰かから渡された時は毒にも何にもならぬ事があるからです。其れはつまり、毒を渡されたと思ってしまった相手とは、私にとって特別な存在だからでもあるのですよ。だからこそ、拒絶してしまうのです。そして、相手は拒絶された事も、恐らくどういう理由で拒絶されたのかもわからなかった事でしょう。もっとも、わからない方が互いの為でもあると私は思っておりますが。

ただ、私はS嬢さんが羨ましい。其れは、たとえその様に一見修復が可能なのだろうかと思われる諍いめいた事があったとしても、其れでも、元の鞘に納まるような関係修復が出来るという事に置いて、です。私は必要以上に相手を怖がっている所があるようで、其れで一旦切ってしまった関係を繋ごうという行動に出る事が出来ないのです。恐らく、いえ、間違いなく相手は私を受け入れてはくれないと、そう私は頑なに信じているからでもあります。
S嬢さんとお相手の方は、その様に何事も無かったようにコメントを付け合うまでになっていったわけですが、私の場合は二度とその様な事は起こりえないと思っております。実際、今までに私と別れてしまった方々は、誰も私と接触してくる事はありませんので。確かに此れから、誰か会話を再開して下さる方もいるかもしれないという可能性はあるのでしょうが、私は何も期待しておりません。
私は、どちらかと言いますと、ネガティヴが基本の人間でもありますので、かつて、えっけんさんがS嬢さんの事を「よかった探しの人」と評しておられましたが、私もその様な人間になりたいと思いつつ、しかし私には無理のようだと思い知った事で、矢張り、私のような人間とは誰も復縁しようとは思っては頂けないのだ、其れを受け入れるのだと、そう思うようになっていきました。


其れでも私は一抹の夢を見る。
あなたの紡ぐ言葉を読みたいと。
私だけに向けられた其の言葉を。
もう一度読みたいと。


願わくは、其の方が、何時かこの場所にやって来てくれるのを願っております。
紅き涙を流す月よ
私も「自分を好きになれ」「自分に自信持て」と、誰かに言った過去がある。

私は忘れていたのだ。私が自分を好きになれたのは如何してなのか、私が自分に自信が持てるようになったのは如何してなのか、其れを考えればわかるはずだったのに。
人は自分を好きになるのに、他人が好きになってくれる事で初めて自分を好きになり、そして自信もつくものなのだ。そうやって私はやっと自分が好きになり、自信を持てるようになった。こんな私でも誰かに好きになってもらえるのだ、生きていていいのだという自信をも持てるようになっていった。

だが、はどうだ?

いないのか?
そんな筈は無いだろう?
君にも居るはずだ。
私では駄目か?
私では役不足か?

君を抱きしめている。
血だらけになった君をこの手で。
君さえ望んでくれるのなら、私は君に永遠を誓おう。
君に永劫終わらぬ安らぎを与えよう。

君が心から望んでくれるのなら。
Ash
えっけんさんのブログで懐かしい方の話題が上がっていました。此処でも過去の記事に其の方からのコメントがまだ残されており、時々読み返しては如何していらっしゃるだろうかと思っております。
暫く前に、其の方、ぶんだばさんの消息を知っている方から、彼女は一度ネットから遠ざかっていたところ、再びブログで何か書いていたようだとお聞きしたのですが、恐らく別名で活動していたのでしょうね、私には何方が彼女であるかは探す事も出来ないでいました。もっとも、私と再び接触しようと思って下さる方はなかなかいないと思いますので、未だに消息をご本人から聞かせて貰えないという事は、彼女ももう私とは関わり合いたくないと思っているのかもしれませんが。其れはまあただ想像するだけであるので、本当の所は如何なのかはわかりません。

彼女がネットから離れる時、私は彼女の記事が失われてしまうのをとても惜しいと思ったのです。私は何かを読まなければ何かを書くという事が出来ないようなので、折角知り合えたぶんだばさんの記事で、何かを語る事もあるかもしれないと、その様に彼女に申し上げた所、そんな私に、彼女は記事のログを託して下さいました。そして、彼女が書いたものであると但し書きをした上で、言及記事を書くと私は約束をしました。ですが、幾つかは其の後、書いた覚えがあるのですが、何時しか私も彼女の記事を一応は読破はしましたが、仕舞い込んでしまっていました。此れは言い訳になってしまうのですが、かつて、ぶんだばさんは、私の書くようなブログは書けないと仰っていました。彼女と私では考え方も興味の対象も違っていたのだと思います。ですから、書かれる内容も互いに大いに違っていたので、其れもあり、彼女は私の書くような物は書けないと言い、そして、私も彼女が書くような物は書けないと思っておりました。ですが、其れでも中には私なりの書き方の出来る物もありましたので、幾つか彼女の記事を取り上げて書いたものでしたが。しかし、其れもごく僅かの記事しか取り上げる事は出来ませんでした。

其のとき、私は、出来ない約束はするものではないなと思ったものでした。

ですから、それ以降、何方かがブログを削除される時にも、ログを残して置いて欲しいと思いつつも、其れを相手に言わないように何とか自制してきたものです。恐らく言ってはいないと思いますが、此れも絶対に言っていないとも言えません。私は、矢張り如何してもログというものは削除して欲しくない人間でありますので。勿論、その様な事を言う私でも、削除してしまった書き物はあります。だから、削除するなとは強制するつもりはありません。ただ、削除して欲しくないと思う事は自由であると思いますので、此れからも私は、如何かログは残して置いて欲しいと思うだけです。

ぶんだばさん、あなたが今でも此処を見ていらっしゃるか如何かはわかりません。あの頃、私がとても心配している友人の事を、あなたのトラブルを見ていると思い出してしまうと私は言いました。その友人が鬱病になってしまったのは私のせいだと。ですが、あなたは「メノウさんのせいではありません」と言って下さった。あなた以外にも、私は何人もの方にあなたと同じような事を言われたものでしたが、私は如何しても自分を責めてしまっていました。しかし、私は思ったのです。私は、そうやって自身を責める事が真摯な態度なのだと思い込んでいたのではないかと。本当は友人を心配していたわけではないのではないかと。自分の事しか私は考えていない人間なのだと。
私は、其れに気づいた時、もう誰とも深く付き合う事はしない方がいいのではないかと思ったのです。あなたも出来ないと言っていた「友達付き合いに距離を置く」を私も出来ない人間であったので、あなたと知り合った頃から、私はなるべく他人と距離を置くように心掛けてきました。其れは、私は矢張り誰かにとって最低最悪の存在でしか居られないのではないかと、そう思うようになっていったからです。ですが、あの頃はまだ距離を置くという事がなかなか出来ないでいました。ですから、あれから他人との付き合いで痛い別れを何度もしてしまったものです。

思えば、私は子供のころから己の事しか考えていない傲慢な子供でした。今思うと、本当にそう思います。こんな私を「優しい」と言って下さる人もいましたが、私は自分を如何しても優しい人間だとは思えなかった。優しいとはどういった事なのかも今ではわからなくなってしまった。
ぶんだばさん、其の後、私の友人はもう何も見せてはくれなくなりましたよ。己の腕を切り刻む写真も痛みを感じる文章ももう何も。其の人と過ごした日々の安らぎは忘れられないもので、出来るならもう一度、其の人と過ごした日々に戻りたいと思います。ですが、過ぎ去った愛しい日々は白っぽい灰色な靄の向こうに霞んでいるだけで、もう二度とは戻れない事もわかっています。友人は、今でも病気を抱えて生きているのかも私には知りようがありません。ですが、きっと何とか生きていってくれていると信じています。そして、あなたも元気で居てくれれば良いのにと心から願っております。あなたの事は友人同様、何時までも忘れません。あなたが私を忘れてしまっても。
believe somebody
彼女が「諦めないで」と其処まで強く言い切ったのは、彼女自身が彼の言葉で諦めない事を覚えたからだったのだ。
彼は言っていた。何も信じない。理解出来ない。何も好きにならない。だが出逢った人のおかげで信じる事を覚えた。理解出来ずとも理解しようとした。何かを好きになろうと思った、と。

君は今でも誰かを信じようとしているか?
彼をまだ信じているか?
そうであればいいと思う。
そうであって欲しいと私は願っている。

「believe somebody」そう呟いた君を今でも愛しく思っている。
誰よりも幸せになって欲しいと思っている。
誰よりも幸せに。

  

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