Photo: 「無敵の心身」
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
此処は夢の国
とても幸せな夢を見た。
このまま死んでしまってもいいと思った。
こんな夢なら永遠に見続けていたいと。

現実より夢を求める。
其れが私だ。
スポンサーサイト
愛がわかるとき
私の大切な友人は生まれ育った家を早く出たくて結婚したと言っておりました。親御さんを愛していないわけではなかったのですが、自分を管理し過ぎる親に辟易していたのでしょうね。それもあり、今のご主人と結婚したということだったらしいのです。勿論、好きでもない人とは一緒には暮らせない彼女でもありますので、ご主人のことは好きではあったそうです。ですが、それは「愛する」という気持ちであるかどうかはよくわからなかったそうなのです。長い間、彼女は自分は本当に夫を愛しているのだろうかと思い続けていたということです。

以前「病む世界」というエントリを書きましたが、それにも書いたように彼女は何年か前に精神的なことで身体を壊してしまった事があったのですが、其の時になってやっとご主人が何よりも大切であり、自分は夫を心から愛しているのだと気づいたということでした。とはいえ、彼女はそれでも「愛」についてよくわからないと言います。私も彼女と同じで愛の事はよくわかりません。昔、私の事を愛の溢れる人だと評した方がいましたが、本当にそうなのだろうかと今でも信じられない気がしています。

本当に?
私に愛が感じられると?

わかりません。私には何もかもわからないことだらけなのです。愛するとは一体如何いうことなのか、この気持ちは愛なのか、其れとも愛ではないのか、そんなことを考えてしまいます。ただ、言えるとしたら、愛とは一つではないということ。様々な愛があり、誰にも「其の愛」は否定は出来ないのだということ。と言うのも、「病む世界」で書いた私の友人が聞いてきた心の病になって都会から帰ってきた青年が、とうとう自殺して亡くなってしまったのですが、その親御さんが「三度目でとうとうくたばってくれた」と周囲に漏らしていて、其れを聞いたご近所の方が「酷い事を言う」と怒っていたらしいのですが、私には親御さんの愛は深かったんだろうなあと思ったのですね。深いからこそ、そんな言葉が出てきたんだろう、と。其れを話を聞かせてくれた友人に話したら「そうなのかな。じゃあ舅が死んだ時に姑が舅を非難していたのもそれと同じだったのかな」と言っていました。彼女の舅も青年と同じように首を吊って亡くなっているので、ひとごとではないと思っていたようです。青年が首を吊ってしまったことを聞き、かなりのショックを受けたらしいので。

一人一人の抱く愛というものは、他人にはわからないのが真実なのかもしれません。そして、それでいいのかもしれませんね。ただ、描かれている「愛」を目の当たりにして、自分の抱く愛に近しいと感じる愛は、確かに自分にはわかる愛ということもあるのかもしれません。そんな時、人は癒され救われるのかもしれない。きっと誰かは私の愛を理解してくれるのだろうと。
私を覚えていて欲しい
私は読解力の無い人間らしいのです。以前、誰かにそう言われた事があります。なので、私は確かに読解力は無いのでしょう。そんな私が他人の書いたものについて語る事はやってはいけない事なのかもしれません。ですが、私は昔程では無いにしろ、時々無性に誰かの書いた文章で語りたくなる事があります。たとえ書き手の不興を買ったとしても。

「Fragments きみの知らないこと」

このエントリを書かれた方が「きみ」と呼ぶ私とは違う誰かを忘れた存在にはならないと言って下さる。其の言葉で、私も見知らぬ誰かが私を忘れないでいてくれるのだと信じられる。いえ、確かに私には「あなたを忘れないよ」と言ってくれる友人がいるのです。ですが、今までの私は其れを如何しても信じる事が出来なかったのです。其れは何故なのかわかりませんでした。今でもわかりません。ただ、一つわかった事があります。其れは、私が誰かを忘れない限り、私は誰からも忘れられる事は無いのだという事です。しかし、良い意味で忘れないと思って貰えるのでしたら良いのですが、私には確実に悪い意味で忘れないと思っているであろう方が何人か居る筈なのです。其れは辛い事ではあるのですが、仕方の無い事でもあります。其れでも忘却の彼方に追いやられるより、少しでもその方々の心に残っていて欲しいと、そんなふうに思ってしまう、愚かな私でもあるのです。

憎んでもいい、私を覚えていて欲しい、と。

私は忘れない。其の人の事を。辛い日々に励ましの言葉をかけ続けてくれ、私の支えとなってくれた其の人の事を。私は忘れない。しかし、其の人は自分を忘れて欲しいと思っているでしょう。本当は忘れてあげる事が優しさなのかもしれない。ですが、私は優しい人間なんかじゃない。だから、私は忘れない。永久に私は其の人を決して忘れる事はない。決して。だから、私の事も忘れないで欲しい。とは言え、私のこの願いは届く事は無いのです。

  

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。