Photo: 「無敵の心身」
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生きる意味
「きみが生きていてくれてよかった」のエントリ内で「何故茨の道なのか。きみのあるいてきた道が、これからあるいて行く道が。それは誰にもわかりはしない。それは永遠にわかりはしない。残念だけど受け入れるしかない。誰にもなんともしてあげることはできない。きみはただただ、受け入れるしかない。残酷だけど受け入れるしかない。誰もきみと同じ道をあるく事はできない。たった一つできることは、そばにいてそっときみの手を握り続けることだけだ。」と書かれているのですが、随分と前に手術の為に入院した時の事を思い出しました。手術はどんな人にとっても怖いものでしょう。其れは私も同じでした。受けたくない、だが、受けねば苦しみは痛みはずっと続くのだ、或いは死んでしまうかもしれない、そうわかってはいても其れでも怖くてしかたなかったのです。家族に怖くてしかたないことを電話で訴えても「どうしてやることも出来ない」と言われ、そうだよなあ、確かにそうだ、だけど…と恨めしい気持ちを持ったものでした。ですが、入院していた時に、痛みを訴える私に、辛い検査の最中の私に、ずっと寄り添い手を握りしめていてくれた心優しい看護師の方がいて、私は其れで随分と救われたものでした。勿論「どうしてやることも出来ない」と言った家族のもとにも元気になって帰りたいという気持ちも持っていたので、何とか気持ちを奮い立たせて手術に臨んだものでした。結局、私を生かしてくれているのは家族だけなんだなあと思ったものでしたね。

茨の道か…今まで生きてきて、其れなりに元気で幸せだった時期もある。しかし、私の人生は何時も病気との闘いだったように思う。そして、これからもずっと、恐らく死ぬまで私は何らかの不調と向き合って生きていくしかない。勿論、重病な人とは違って、私の身体の不調はまだましな方なのだ。其れを忘れずに、私は己の身体の不調と向き合って生きていき、そして、最期の時に安らかに眠りたい。

私は其の為だけに今を生きているのです。なるべくなら迷惑をかけず、あっさりと苦しまずに死ねる事を願って、其の為だけに日々を頑張って生きていく、其れが私の生きる意味、生きていく意味なのです。
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