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自由とは?
やまめさんがご自分の記事で書かれていた人権擁護法案の事ですが、新聞に書かれていたある記事を読んで、少々私も書いてみたいと思い書きます。
もしかしたら、少しずれた事を書いてしまうかもしれませんが、何卒ご了承の程願います。

まず、人権擁護法案について書かれた記事のリンクを提示します。やまめさんの記事からの転載です。

人権擁護法(案)

人権擁護法案について(デスノート風)FLASH版

上記の法案はなかなかに難しいのですが、下記のフラッシュ版はとても分かりやすくていいと思いました。

それから、私がよくお邪魔をする所で聞いた事なのですが、何でも「人権擁護委員法」というのが存在するというのです。それは私も知りませんでした。(参考ブログ:「世の中驚くことばかり!:人権擁護委員法ってご存知ですか?」

既存の法律があるのに何故さらに強化する必要があるのでしょうか?
私は納得できません。
矢張り、これはただの言論統制と言われても仕方ないのでは?

それを踏まえて、新聞記事で見つけてきた事について書きたいと思います。

それは自由を広げたいと思っている米国の自由とは、本当に自由なのかという事なのですが。
米国人の多くは言論の自由が守られる事に賛成しつつも、自分とは違う考えが自分にとって不快に感じたら排除する傾向があるらしいのです。
そして、米国の自由とは、政府に逆らわない事が前提という様な事が記事には書かれてありました。
米国内の言論自由がただの幻想でしかないのだなと、その記事を読んで私は思いました。
私は「政府に逆らわない」というのを読み、今話題になっている日本の人権保護法案を思い浮かべましたよ。

私の友人は、人生最後に自分に尋ねる言葉の一つは「あなたは自由でしたか?」だと言っていました。

何が一体自由であるか。
それは人それぞれでしょう。
自由に己を表現する事も、そして、何者にも束縛されずに生きていく事も。
己に自由だったかと問うと言った友人はこんな事を書いていました。

「こんなことが綺麗な一日だと思った。心が泣いていた。波風の少ない緩いぬくもりより、物質的豊かな生活より、大したことない日常が枯れた心に水を与え、それを一番欲している自分がいることを危うく忘れかける所だった。」

その友人に他の友人が「最低限の自由は言葉かな」と言っていたように、私も「言葉」だけは自由であって欲しいと思います。
たとえ、誰かを傷付けるしかない言葉だったとしても、言葉は一切の制約なしに自由であって欲しいと。
今、この時、この時代に世界に放たれる言葉は、それがどんな物であったとしてもこの時代が存在した証であり、言葉の良し悪しは現在の我々ではなく、後の時代の人々が判断する事なのだと私は思います。

私たちは自由でなければなりません。
それは米国の幻想の自由でもなく、そして我が政府の提示する間違った法律に守られる自由でもなく、私たち自身が選ぶ自由でなければなりません。

そして、私は何時までも自由でありたいと思います。
コメント
この記事へのコメント
やっとよめた!
法案全文を読みたくて場所を探していたんです。やっと読めました。ざっとですけど。
問題は第3条の2ですね。
そしてツッコミたいのは、四十二条です。これの四のイの(2)はいらねーだろ、とか、同じく四のロの(2)で、電話とFAXはダメでもメールはいいんだ!とか(笑)
あとでよく読んで記事にすると思います。ありがとうございました。

「人権擁護委員法」は、この下のほうに書いてありますけど、廃止するってありますね。時代に合わないのかな。読んでませんが。
アメリカの自由は「国家に忠誠をつくすこと」の元にあるのだと思います。日本はそういう大前提を失ってもう長い。だから迷走するのだと思います。
以前、記事に書きましたが、自由というのは「自らに由る」と書きます。つまりすべてを自分の責任において行動するということです。
そういう意味では「自由」というのはとても覚悟がいり、そして窮屈です(とバーナード・ショーも言っている)。でも、私はできるかぎり「自らに由って」立ちたいですね。最近こんなことばっか書いてますね。
2005/03/23(水) 01:14:41 | URL | ぶんだば」 #XyRt/Vrw[ 編集]
人権委員会は卑怯者
はじめて書き込みさせて頂きます。
この法案、残念ながらH14年の時のものです。
今回の法案は、これのマスコミ規制の部分を一時凍結させて、他はほぼ同様の内容の模様。
これは複数のソースがありますので間違いないでしょう。
ですからH14年度版で論議しても問題無いとは思いますが、今回の分の法案は公開していないんですよ!!!
国民に法案を見せないまま審議しようと、ふざけたことをしようとしていたんですね。
2005/03/23(水) 21:47:35 | URL | 散歩道 #bBmFigmc[ 編集]
えっ、じゃあ原文は読めない?
はじめてというからどなたかと思ったら散歩道さんじゃないですか!とオーナー抜きで和む私。
これ、三年前のなんですか。
で、今の(私がツッコんだ、42条がなくなったってことですね)法案は非公開?そういうのっておかしいですね。マスコミが採り上げない事情はわかりましたが。
古賀さんは自分の人権を守って欲しいようですので、「古賀誠限定人権擁護法」でも作ればいいのにさっ。

法案を読まないと、私にはなんとも考察しようがないです…デスノートのものだけでは…
2005/03/24(木) 03:46:47 | URL | ぶんだば #XyRt/Vrw[ 編集]
この騒ぎにびびったらしくて。
いくら公開しろ!と言ってやっても出しません。古賀氏も法務省も駄目ですね。
今回の法案は隠し通すつもりなのか…。
私も実際の法案が見られないので、扱い辛いんですよ。ただ今議論になっている部分に関してはH14年度版と同様というのは間違いないようなので、昨今の議論は間違っていないとは思いますが。
2005/03/24(木) 12:34:50 | URL | 散歩道 #bBmFigmc[ 編集]
そうなのですね
可決されようとしている法案が公開されていないとは。
怖いですね。
散歩道さん、教えて頂き有難うございます。

ぶんだばさん、自由とは己できちんと責任が取れなければただの我儘であるというのは、多くの人が忘れがちですよね。
自由に生きるという事は、生き難い生き方であるということなのでしょう。
だからこそ、自由に生きている人を見るととても切ない。
私の尊敬する人たちも自由に生きています。
彼らはその自由な振る舞いの為に時に非難を受ける事もありますが、私はそんな彼らを見て何時も勇気と力を貰っています。

私もそんな彼らのようになりたいと思っています。
2005/03/25(金) 07:38:08 | URL | 縞瑪瑙 #XWELPq6Y[ 編集]
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