Photo: 「無敵の心身」
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君が生きているという幸せ
「『あなたがいてくれてわたしは幸せ』って、 誰かに思ってもらえることって、とても幸せなのだと思わない?あなたがあの子がいてくれて幸せと思うのなら、それはそれだけでも、あの子が幸せだということなのではないかと思う。」(参照:「S嬢のPC日記:「たったひとつのたからもの」:幸せとは」

S嬢さんの言われた言葉を見て思った。
その人が居てくれる事が幸せならば、それがその人の幸せであるという考えでいけば以下の事も言えるのではないか?

何処にいるか分からない、どのような辛い環境で凄惨な人生を生きているかも分からなくても、生きていてくれさえすれば幸せだと親は思うのではないかと。そして、その我が子は遠く離れた地でそう願っている親が居る事で、その子は幸せなのではないかと。

その子をかわいそうだとか、不幸せなのだとかは誰にも決められないのだと。

「幸せというものを考えるときに、「相対評価」でとらえる幸せではなく、「絶対評価」でとらえる幸せをを知り始めること」

S嬢さんのこの言葉が全ての人の心に届くよう切に願う。
コメント
この記事へのコメント
しあわせ~
また癒されにきました。
記事のようなことがシステム化されているのが「フォスター・ペアレント」なんかですね。
私は、娘が存在しているだけで幸せです。
ですが、それ以前に、一人でいるときから、「幸せではない」と思ったことはありません。
それは、「幸せ」は自分で規定していくものであって、人と比べてどうであるとか、ある条件をクリアしていれば「幸せ」であるとかというものではないことを知っているからです。

娘が幸せかどうかは(たぶん概念がわからないので)知りませんが、見た目_あわせそうです。
2005/05/21(土) 20:52:06 | URL | ぶんだば #XyRt/Vrw[ 編集]
ぶんだばさんのお嬢さんは幸せですよ。
あなたが娘さんの存在で幸せだと感じているのですから、その気持ちは娘さんには通じているはずです。
2005/05/21(土) 22:39:09 | URL | 縞瑪瑙 #XWELPq6Y[ 編集]
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