Photo: 「無敵の心身」
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自己犠牲とは他人も己も救うもの
彼と出逢ったのは崩壊したあのコミュニティだった。
書かれている文章でその人を判断してはいけないという事を教えてくれた人でもある。
彼の書く文章はとても優しく、その優しさに惹かれたわけなのだが。
私は彼に出逢う前に、人間関係でボロボロになっていたので、温かい布団に潜り込ませて貰っている気分になったものだった。

彼は常に「騙しているかもしれませんよ」と言っていたが、騙すとか騙さないとか、そういう事は他人が見て決める事であると私は思っていた。今でもその気持ちに変わりはない。
相手を傷付けたくなくてついた嘘が、結果「騙していたのだな」と返ってくる事はあるだろう。そんな事は星の数ほども例がある。私は嫌というほどそんな場面は見てきた。そして、それは私だけに限らず、ほとんどの人間が経験してきた事だと思う。

時には「騙さない事」が酷い傷を相手に与える事だってあるのだから、私は嘘というものを全て否定はしたくないのだ。
彼が今まで「騙してきた」と言っていた事は、恐らく相手の為を思い、時には保身の為に行われた事だろう。だが、私は相手を傷付けない事と同時に、己自身をも大切にしようとするその保身も大事にしなくてはならないと思っている。

自己犠牲を全て否定するわけではない。
だが、自己犠牲全てを賛美する気になれない。
自己犠牲を出来るのも自己あっての物だと思うからだ。
自己犠牲にはそれを行うだけの資質のある者だけがしてこそ有意義であると私は信じる。

他者を救って尚己も救えねば自己犠牲とは言えないと私は思う。

友人よ、私はあの時もそして今もあなたになら騙されてもいいと思っているよ。
だが、騙すならば最後まで騙し通して欲しい。
だから、頼む、他人を傷付けるくらいなら自分を傷付けるなどという悲しい事は言わないでくれ。
私は他人も自分も傷付けないようにしたいと思い、それに心砕いているよ。
自分に受ける傷は、心持ち次第で傷にならないのではないかと思うようになった。
あなたならそれが出来るのではないかな。
私もついているよ。一緒に進んでいこう。
私は何時でもあなたの傍に居る。あなたが望めば何時でも。

そして、あなたが最後に残したエントリとコメントは保存させて頂いた。昔交わした言葉達と共に大切な宝物として残しておく。此れからも宜しく。
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