Photo: 「無敵の心身」
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血の涙を流し続けてでもその慟哭を見詰め続けろ
その悲鳴を聞いている君の悲痛を見詰めていた。
君の耳に届いたその声にならない悲鳴は確かに助けを求めていたのかい?

聞こえない振りをした君。
耳を塞いで目を背けた君。
逃げだしたという君。

そうだね。
時として誰かの鋭い悲鳴は受け止めきれるものではない。
それを言い訳だと言われても見捨てたのだと言われてもそうするしか君にも術はなかった。
分ってくれる人はいる。
たとえ悲鳴を上げ手を伸ばした人が君を分ってくれなくても。

言い訳をせず謝罪もせず己の犯した罪を見据えて背中に張り付いた重い十字架を背負って生きていくがいい。

私もまた君と同じ。

「事実は事実」君の言う通りだ。
「贖罪は自己満足」君の言う通りだ。

私達は一生悔いて生き続ける。
それが供養。
それが私達に出来る罪滅ぼし。

その悲鳴を聞き続けろ。
光さえも引き裂いて全てを闇に染め上げていく慟哭はどんな慰めも救いもただの言い訳となってしまう。
どんなに「そのとき手を差し伸べてれば」と悔やんだとしてもただの言い訳に。

だから見詰めるだけだ。
血の涙を流してでもその悲鳴を死ぬ瞬間まで見詰め続ける。

こんなにも君を身近に感じたことはないよ。
大切な人よ。
私が君を此処で抱き締めている。
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