Photo: 「無敵の心身」
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
大切な人だけは
私の好きな人が言っていました。首を切断されて死んだあの青年は、最後にどんな思いが頭の中を駆け巡ったのだろうかと。

それは私も想像してしまいましたね。
死の恐怖というものは私は何度か遭遇しているので、けっこうリアルに感じることはできるのではないかと思います。ただ、彼がその時に感じたであろう気持ち、その瞬間「死ぬんだ」と思ったであろう気持ちを、私は感じていなかったのではないかな。
その気持ちは、いつも後で感じる感情です。ああ、そうか、あの時に死んでいたのかもしれないんだなと。
でもそれだけでも十分怖さは感じているわけですよ。

話によれば、ギロチンで首を切断されても100%即死するわけではないらしいということです。何でも数十秒意識があり目まで動いていたということもあると聞くと、あの青年ももしかしたらそうだったのかもしれないなあと思ったら、何とも言えない気分になりますね。
でも、実際に首を切断されたのは私ではないのです。
想像はできたとしても、私も同じ目に遭わない限り、彼と同じ思いを共有することはできない。また、同じ目に遭ったとしても、彼と全く同じ気持ちを抱くことも絶対にないでしょう。彼と私は全然違う人間なのですから。

テロリストはどうしてあんな残虐な殺し方をするのでしょうね。
やはりインパクトがあるからなのでしょうか。
ああいう殺し方をすれば、相手が言うことを聞いてくれるとか?
馬鹿な。
だって、首を切断されようが、安らかに死んでいこうが、死ぬことには違いないんですよ?
どんな殺され方をしたって、人一人死ぬということは人間にとっては特別なことなんですよ。何もあんな殺し方しなくてもいいじゃないですか。

大切な人が目の前で殺されていくのを見続けなければならないというのは、とても辛いことです。
病気で苦しんでいても、私が代わってあげたいと思うのに、あんなことになるかもしれないとしたら、私は危ない場所に行く大切な人を全力で止めるでしょう。
その人がどんなに「これをしなければならないのだ」と使命感に燃えていたとしてもね。

私は愚かな人間ですから、大切な人だけはあんな目に遭って欲しくない。

他の人間が死ぬのだとしても、私にとっての大切な人だけは助かって欲しいのです。それが人間というものだと思うのです。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック

  

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。