Photo: 「無敵の心身」
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私という人間
今では直接メールでの話はしていないのですが、以前何度か其の方が書かれる日記に関してメールでお話をしていた人がいました。

彼女は私の本質を見抜く人だと当時思ったものです。彼女の日記をずっと見てきて、時に私の心に鋭く突き刺さる事を書いている時もあったからです。
元々彼女に注目した切っ掛けは、メールを彼女に差し上げる前に交流をしていたとある方の日記に、彼女がよくコメントをしていた事で、彼女の日記を読むようになったのでした。
ですが、最初は信用できずに接触はしないでいたのです。今でもそういう傾向はあるのですが、当時の私は特に誰に対しても信用出来ないという目で見ていたので、其の方に対しても同じような目を向けていたのです。ですが、何がそうさせたのか今では覚えていませんが、如何してもお話をしてみたいと思い立ったのです。といっても、元々掲示板を開放していない人でしたので、それもあってメールでしか接触は出来ませんでした。ですが、話していく内に、成る程私と同じ様な道程を歩んで来た者同士の匂いという物を感じたのです。恐らく彼女も此方の事を全面的には信用していなかったと思われるのですが、しかし、それが良かったのかもしれませんね。

彼女とのメール交換は暫くは互いに真意を探り合っているという感じで、多少ぎこちない感じが続いたのですが、結局は今はメール交換も止めてしまいました。あのまま続けていけば、恐らくなかなかに良い関係を築けると思っていたのですが。其れでも、私は今でも彼女の日記は読み続けています。彼女とはある約束をしていまして、何時か必ずその約束を果たそうとは思っているのですが、もしかしたら彼女はそんな約束を交わした事さえも忘れているかもしれません。しかし、たとえ自己満足でしかない約束事であっても、私は必ず果たしたいと思っています。

其の時に思ったことなのですが、全面的に信用する事は、このネット世界では愚か者のする事である、という事。絶対に無防備に信用してはいけないと、ネット世界と現実世界は別物であると、そう思っていなければこの世界を徘徊してはいけないと私は思うに至ったものでした。
勿論、この世界も信用出来るという事が望ましいのですが、望んでいるのと実際に信用するのとをイコールで考えては危険なのだと思うわけであります。余りにも危なっかしい人達が多過ぎますね。
手を差し伸べて上げたい時もあるのですが、其れをして逆に痛い目に遭って来たものでしたので、如何しても私も保身に回ってしまうのです。
ですから、当時、Hさん(メール交換をしていた女性の事ではありません)がご自分の事を投げ打ってでも大切な人達の為に動いているのを、私は尊敬していたのです。私にはとても出来ない事でしたから。今でもHさんは他人の為に尽力していらっしゃる事でしょう。
恐らく、私という人間は、時として偽善者という烙印を押されていると思います。そんな事を思い起こす時に、とても自虐的な気持ちに陥るのですが、其れもまた私という人間という事です。そうですね、其れさえも愛しいと思っているのかもしれません。


そんな人間なのです。私はそんな人間。しかし、だからといって今の私はそう思う事で己を蔑んではいません。此処で在りのままの私を曝け出しているのですからね。其れだけでも進歩したと思っています。


これで逃げ出す事さえしなければ、私は己に誇りさえ感じるでしょう。ええ、逃げ出す事さえしなければね。(苦笑)
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