Photo: 「無敵の心身」
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私は私を救いたいが為に書いている
屁爆弾さんのエントリを全部読みました。全部と言っても、はてなダイアリー以前のエントリは読んではいないし、はてなでの過去ログもどうやら多くのエントリをご自分で削除されているものもあるとの事なので、全部読んだと言うのもおこがましいことではあるのですが、とりあえず、残されたエントリは読ませて頂きました。

読み終わって最初に思った事は、矢張り、私という存在は彼女にとっては嫌われる存在であったのだなあという事です。


屁爆弾さんは「あたしはあたしは」「僕は僕は」といった書かれ方をしているものをお好きではないようで、私が彼女が私を好まないのではないかと思った理由が其れであったのであります。私の書くものもまた「私は私は」と書いていたからです。
「菓子パン袋の売り文句を読み比べる - 血止め式」で「日記ブログと菓子パン袋はあんまりぎゃぴぎゃぴ騒々しくないのがヨロシイな。」と書かれているのですが、私の書くものも其れと似たような感じであると私は思っておりますので。

ただ、「わらいかわせみに話すなよ - 血止め式」のコメント欄で屁爆弾さんの書かれている事を読み、ご自分がお嫌いな「ご自分史大長文書き」タイプの日記の事を嫌いではあっても全く否定するものではないといったふうに気持ちが変わっていっているのを感じました。其れが嬉しかった。そこに理解し合える可能性を信じられたからです。
私の友人にも、自分の経験や気持ちや考えなどをこれでもかと長々と書いている者もいますが、私自身はそういった方の書かれるものも好きですし、そういった生活臭だの感じられない簡潔ですっきりと洗練されたものを書かれるものも好きなのですね。つまりは、どんなものであっても、「其の人」が書かれるものであればどんなものでも読むという気質の人間なのです。其れなりに好きな文章はありますが、文章ではなく書かれる方が私にとって一番重要であるのです。そういうことで、恐らく屁爆弾さんと私では気質も考え方もスタンスも全く違うと思ったのです。ですが、其れでも、屁爆弾さんの懐の深さと私の努力さえあれば、気持ちの良いお付き合いをさせて頂けたのかもしれません。其れを思うと、本当に残念でなりません。

私の書いたエントリに屁爆弾さんの御姉様から「病が癒えて帰るのをこれほど心から待ち望んでくださる方がいて妹もどんなに心強かったかと思います。有難う。」という勿体無いお言葉を頂戴して恐縮しております。ですが、私は何もしておりません。悲しむだけ、自分の気持ちを書いただけ。其れが何となりましょう。其れが彼女の命を救ったというのならば意味はあるのでしょうが、私はただ書かせて貰っただけなのです。誰かを救う為ではなく、私は私自身を救う為に書いてしまった。其れだけなのです。本当に愚かな私。其れが私という人間なのです。

死という別れではないけれど、過去に知り合った人達で、私の前から姿を消してしまった人達の事を何だか思い出してしまいました。このブログで知り合った方々の事とか、ここで書く以前に知り合った方々の事とかを。私は愚かにも、これからも誰かとの別れでそういった人達を思い出すのでしょうね。屁爆弾さんの事も。こんな私を彼女が生きていたらどう評したのでしょう。聞きたいような聞きたくないような、そんな複雑な思いを抱いております。
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