Photo: 「無敵の心身」
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私小説であるブログを愛する
もしかしたらお気づきの方もおられるかと思いますが、過去にブックマークをしたものを整理している所です。リンク先のエントリがなくなってしまったものは思い切って削除したり、ブックマークをしたエントリを読み返してみたり、ブックマークを付け直したりとしている所なので、ご迷惑をおかけしていると思います。申し訳ありません。

そんな中で何かエントリで書けるものがあればこんなふうに書くこともこれからはあるかと思います。今回はこちらのエントリ「なぜ「わたし」は「小説」を読まないのか。 - こころ世代のテンノーゲーム」を読んで、少々思ったことがあるので書いてみます。簡単ではありますが。

ミステリー、ファンタジー、SFは私も好きです。とくに子供の頃はそれらのジャンルの小説は現実を忘れさせてくれるという理由もあったから夢中で読んでいたと思います。それが、最近ではあまりそれらのジャンルは読まなくなったようです。私がもう若くはないからというのもあるのでしょうが、それでも年を取ったとしても、そういったジャンルの小説を死ぬまで好きで読み続ける人というのもいるでしょうから、私は年齢が移りゆくことで興味の対象が変わっていくタイプだというだけに過ぎないのでしょう。

取り上げたエントリを書かれた方は、私小説や群像劇や恋愛を好まない人らしいのですが、その理由として挙げられている他人の心に興味がないから読まないというのは私にとっては違和感がありました。ミステリやファンタジーやSFにも他人の心はこれでもかと描かれているものもありますので、何方かもコメントをされていたようにジャンルで、これは読む、これは読まないというのは少し違うのではないでしょうか。ただ、気持ちはわかります。私小説や恋愛小説などを苦手で読みたくないというのは結構聞きますから。もちろん、苦手である理由は苦手な人の数だけあるかと思いますので、それが私小説だから、恋愛小説だから、だから読みたくないというのでは説得力には欠けます。

そうですね。私も恋愛小説はあまり読みません。ですが、恋愛を読みたくないというわけではなく、作品によっては恋愛が描かれていないと物足りないと思うものもあります。ジャンルで読みたくないとか、作家で読みたくないとか、そういったことは私には言えないわけです。私はどちらかというと他人の心を描いたものが好きなのです。ですから、そういった類の小説はどんなものであっても読みたいとなるのです。そして、そういう小説はどんなジャンルの小説であっても読みたくなります。なので、その逆で、それがミステリだろうがファンタジーであろうがSFであろうが「人が見えない」ものは途中で読むのをやめてしまいます。最近読んだミステリ小説では、歴史的な考察ばかりが延々と書かれていたために途中で読むのをやめてしまいました。その小説では「人が見えてこなかった」からなのです。

私は自分の心にも興味はありますが、それ以上に他人の心にとても興味があります。それは興味を持たれてしまった相手にとっては気持ちの悪いことでしょう。こんなふうに誰かの心が書かれたブログを読んではそれを取り上げて語ってしまったりするわけですから。相手にとっては不本意だと思われることもあります。それでも如何しても私はやめられない。ネット上に存在するブログの中でも自分の心を綴る、つまりは私小説のようなそんなブログは多いと思います。私はそういったブログを読むのが好きなのですよ。ブログは小説ではないと言われる方もいるかと思いますが、私にとっては他人の書くものは其れが事実であっても小説なのです。愛しい小説なのですよ。

私はこれからもそんな私小説めいたブログを読み続けるでしょう。
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