Photo: 「無敵の心身」
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此処は夢の国
『ブログ更新は気が向いた時、時間のある時で構わないと思いますよ。
誰かの期待に応えてやるものでもないでしょう。
書きたい時に書けばいいのですw』

かつて、そのように言って下さった友人がいました。やまめさんです。其の言葉を頂いた掲示板はまだ存在しています。私は、頂いたコメントで何かエントリが書けたら其の時は転載させて欲しいと言ったのですが、其の後、私はエントリを書いたのかどうか覚えておりません。ですが、もし過去に書いていたとしても、また何か書きたいと思ったら私は恐らく書いてしまうでしょう。誰かの期待に応えるわけではないのですから。私が書きたいとなったら書けばいい。其れでいいのですよね。

今回、ふと読み返しに行ったのですが、ごく僅かな私の書き込みと彼女のコメントを読み返していて、ああ、私達の出会ったあの場所が遠くなってしまったなあと思ったものでした。そう言えば、やまめさんもですが、やちさんも、そして尊敬する星の名前を掲げた詩人さんも、華の名前を掲げた友人も、叢雲さんも、あの崩壊したコミュニティで出会って仲良くなったのでした。

かつて、私は「この私は、確かに電脳世界での虚像に過ぎないです。」と言いました。其の言葉に対してやまめさんはこう言って下ったのです。引用というよりは転載ですね。(笑

『電脳世界で活動する面白さのひとつとして、虚像と実像の境目が曖昧になるという点が挙げられると思います。確かに生身の人間が存在しているのに、その存在を電脳文字という視覚以外で確かめる術はない。しかし、この電脳箱のこちら側にいるのは紛れもなく「やまめ」というHNを使う私という人間で、そちら側にいるのは「メノウ」というHNを使う生身のあなた。あなたの性別や年齢、姿形を知る術はなくてもあなたという人間が存在している事を私はこうして知り得るのですから面白い。
私の中のある種の意識が先鋭化され、純化されたものが「やまめ」という人格を形成していると思います。多分、メノウさんもそうなのだと思いますけれど。「なりすまし」は難しいと聞きますが、やはり本来持つ人格は、簡単に装いを変えられないし、他人の人格を演じきる事は難しいのでしょう。箱に向かい、座禅を組むように己と向き合い、意識が純化されやすいこの空間においては、案外、もしかしたら現実世界以上に隠しきれないその人の本性が現れてしまうのかもしれません。』

実は私は一度、其の「なりすまし」をしようかと思った事がありました。「なりすまし」と言うとあまり良い印象ではないのですが、其の方の書かれる文章を其の方に成り代わって書こうかと思ったのです。其の方の書かれる文章にとても執着している方々がいて、其の方々の為に書いて差し上げたかったのです。ですが、結局は書かずに今に至ります。其の後、執着していた方々も其の執着を手放してしまったようで、もう誰も読みたいと思っていた方の事を思い出す事もなくなったようですから。勿論、本当に忘れてしまったかどうかはわかりません。ただの想像でしかない。私は忘れて欲しくないとは思っていますが、其の方は忘れて欲しいと思っていたかもしれませんね。

其れから「私は全ては何かが見ている夢なのではないかと思うことがあります。そうであればいいのになと本気で思ったりする事もあります。」そう言った私に、やまめさんはこう言って下さいました。

『私は夢を見る事を否定しませんが、夢は現実に戻るからこそ夢の意味があると思います。しかし、人類が滅亡して地球という星が滅んでしまったら、それは地球が見ていた大きな夢という事になるかもしれませんね。』

私のブログにも「夢」という文字があります。私にとって「夢」は特別な言葉であり、とても大切な言葉でもあるのです。夢は夢。現実とは違う。夢は夢だからこそ素晴らしいのだ、と。勿論、現実も素晴らしいのですが、現実の素晴らしさと夢の素晴らしさは全く違うものなのです。私はそう思います。
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