Photo: 「無敵の心身」
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正義感は嫌いだよ
目には目を。
それは正義感ではないよ。
やられたらやり返す事と目には目をは違う。
君の愛する人と私の価値観は違うよ。

正義感というものは、己に降りかかった事に対してそれを齎した相手にやり返す事ではない。
正義感というものは、何時でも自分以外の誰かの為に振り翳すものだ。
君の愛する人のそれはただの八つ当たりだと思うよ。

だが、正義感なんてものに良い印象は無い。
それは何時でも身勝手で愚かだ。
正義感、私は嫌いだね。
コメント
この記事へのコメント
横レスですが…
なんか長い歴史のあるお二人のようなので、つっこむのもあれかと一日放置してみたんですが、やっぱりつっこんじゃいます。

「やられたらやり返す」と「目には目を」は正確には違います。
「目には目を」(つまりハムラビ法典ですが)は「目には耳を」とか「目には足を」を禁止しているんです。つまり、やり返してもいいけど、やられた分以外はダメ、というわけで、そこがこの古代の法典のすぐれたところだということだそうです。

って本題と全然違いますね(^○^)
私は、自分に降りかかったことを相手に仕返すのは「正義感」ではなくて「復讐」だと思います。その言葉が強ければ「仕返し」でもいいです。
正義感は他人に降りかかった火の粉を代わりに被ったりするような行為の元になる感情、じゃないかなあ、と思ったりしますが。

利己的か利他的かで大きな違いがあるような。
2005/01/08(土) 02:20:52 | URL | ぶんだば #XyRt/Vrw[ 編集]
なるほど
ぶんだばさん、おはようございます。
突っ込み、有難うございます。(笑

正義感に関しての私の認識が甘かったみたいですね。
あなたの言う「代わりに被る」という意味での正義感は、私も良い感情を持ちます。
私の嫌いな正義感は、他人が何かのトラブルに巻き込まれた時に代わって立ち回りをしたり弁護をする正義感なんですよ。
勿論、そういう正義感でも良い感情を持つ場合もあります。
ですが、ほとんどが嫌な感情を持つ正義感であり、私は余り良い感情を持ったことがないんですね。
他人の為にという行為全てが良いとは限らないのではないかと私は思ったりしているのですよ。

>なんか長い歴史のあるお二人のようなので

はい、長いです。
私に対して一番辛口な突っ込みをして下さる人です。(笑
2005/01/08(土) 09:04:29 | URL | 縞瑪瑙 #3fIBvpkA[ 編集]
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